個展「としょ感」         (2月1日→12日・エビスアートラボ/名古屋)のためのブログ


by tosyokannissi

としょ感

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としょ感

こんどは「としょ感」です。まだ書くことがないので、前回の展覧会「はくぶつ感」の企画をしてくれた水野永遠ちゃんが書いてくれたテキストを掲載します。

ふでばこの宇宙

  ふでばこのなかから宇宙がとび出しても、
  きっと平気。少しだけ驚くけれど。

 ふとくだらないことを思いつくとき、私たちは異空間へつながる道を、視界の隅に垣間見ているのかもしれない。
 「思いついちゃったからしょうがないって思って」と、彼は言う。ふとした思いつき――誰もが思いついても、馬鹿馬鹿しいと、思いついたこと自体を無かったことにしてしまうような――に対して、ほんとうに、馬鹿が付くほど正直だ。
 「腸々夫人」、「おとこ岳」、「レイン坊」、そんなしゃれでタイトルをつけられた作品に頻繁に登場するのは、顔に特徴がなく、年齢もはっきりしない男女。男の腹に穴があいて、のびた腸が女の三つ編みの髪につながっていたり、その様子は概して奇妙だが、彼らはそれが当然であるかのように無表情を保っている。それらはいわゆる“キモ可愛い”様相で、気味が悪いわりに一見近寄りやすく、私たちの意識をするりとその中に引き入れる。微かないたたまれなさを拭い去れないのは、常日頃頭に浮かんでも思考の底に葬り去ってしまうような仕様のない考えを堂々と見せつけられた、居心地の悪さからだろう。彼は、そんな私たちを肯定することも否定することもなく、決して見ないふりもしない。
 そんな作品をひとり黙々とつくり続けているのかと思えば、近頃の彼は人とかかわることを活動の中心に据えている。人とのかかわりから生じるたくさんの意外なできごとにも、彼は動じない。しかし、不感症なのではない。自分のなかに起こる思いつきに対するのと同じように、そのできごとに静かに向きあい、自身の反応さえも、密かに自ら楽しんでいるようだ。
 身近に宇宙をたずさえているひと。彼はポケットに、ふでばこに、異空間への入口を見つけたとしても、それをどうすることもなく、ともに生きる人だ。彼のマンガ『腸々夫人』の主人公は、彼女の死に際して、ショック状態にもかかわらず、「うめぇ」とごはんを食べる。だがそのとき、主人公の内部では激情が渦巻いていたはずだ。自分のなかに何かが生まれる瞬間、彼の内部にも、この主人公と同じことが起こっているのだろうか。彼のつくる壁いっぱいの銀河は、ふでばこのなかに見つけた宇宙なのかもしれない。彼の宇宙は現在も少しずつふくらんでいる、そんな気がする。

水野永遠(愛知県立芸術大学 美術研究科 芸術学領域)
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# by tosyokannissi | 2008-01-12 19:17 | としょ感準備室